ベリーダンス~Now and then~

先日、40年以上のキャリアを持つアメリカのタマリンダラル先生のお話を聞きました。ベリーダンスに対して私も共感できること、自分に何ができるか、何のために踊るのか?を考える良い機会でもありました。

日本でベリーダンサーです。と言うのと、アメリカでベリーダンサーです。と言うのは
全然違うと言うお話を前回しました。それは一般の人々がベリーダンスに対する認識の違いがあるからです。タマリン先生が数十年前にアメリカでベリーダンスを始めた時は
ベリーダンスというだけで援助や支援が全くない時代だったそうです。その頃は、インターネットも普及してなかったのに関わらず、一般の人々のベリーダンスに対する固定観念があり、受け入れてもらえなったんですね。
それから約40年ほど経ち、現在2019年。ベリーダンスの中でも沢山のスタイルが生まれ、今のベリーダンスがあります。インターネットも普及し、ベリーダンス人口も世界中に増え、昔に比べると簡単にベリーダンスの情報がアクセスしやすい時代になりました。それなのに、、、、ベリーダンスに対する認識がほとんど変わってないと先生はおっしゃいます。
今やソーシャルメディア(FACEBOOKやINSTAGRAM)では煌びやかなナイスバディーの女性がゴージャスなベリーの衣装を身にまとい、パフォーマンス動画や写真を競争のようにアップする時代となった一方、それらに一般の人々が簡単に評価と批判ができる時代。
最近よく目にするのは、このスタイルはベリーダンスじゃないだとか、太っているとか、ネガティブなコメントを見かけます。
タマリン先生は、こうおっしゃいました。ベリーダンスが好きで踊りを心から愛してる人こそ、人種に関わらず、どんなスイタルでも、見た目やテクニックに関係なくお互いを尊敬し合うこと。私達の認識や態度が変わらない限り、一般の人の認識など変わらずはずもない。ましてベリーダンサー達の間で他人の批判をしたり、攻撃し合っていること事態、昔よりもひどい現実がある。

私は、ベリーダンスを自分の学んだ解釈の中でアートとして表現することを目指します。美しいだけがアートではない、技術が素晴らしいからそこに芸術がある。とも言えません。ダンスを創る、踊る過程の中には、沢山の試練と学びがあり、踊りと向き合う自分には、ダンスの技術だけではなく、人間としての成長があります。見てくれる人たち、一緒に踊る仲間、私の尊敬する先生方から人間としての学びがあります。ここだけの話だけど、ベリーダンスを始める前の私は本当に悪かった(笑)協調性全くありませんでした。でも私が何よりもダンス愛す理由とは、自由を表現できるからだと思います。それを再認識できたのもアメリカに戻り感じたこと。日本のベリーダンスは型にはまりすぎている部分もあるし、それが実は自分の日々のストレスになってたことを改めて感じました。

人間的な成長の上に技術や表現力、スタイルが伴い、踊る姿に生き様が見られるのだと思います。絵画も同じこと。私の旦那は画家です。毎日の会話にアートの話が常にあります。彼の性格と彼が表現するイメージは面白いほどに違います(笑)そこには色々な想いが込まれています。

何の為に踊るのかは人それぞれ理由は違うと思いますが、「大半の人は楽しいから」だと思います。人生なかなか楽しいと思えること少ないですよね。それが長く続けられるなんて、私は踊り以外にないです(笑)私はプロとしてやっているので、楽しいという感情だけでなく、色んな方向から自分のダンスをどうしていきたいかを考えます。
日本人として、人としてベリーダンスを通じて自分に何が発信できるか?
踊りの中に自分のアイデンティティーがあり、批判され、人気が出なくとも、型にハマったダンサーになりたくない。タマリン先生の話を聞いて再確認できた2019年の始まりです♪

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